クリアな瓶に、真っ赤なリンゴマークが控えめに配置されたシンプルなラベル。その中を満たしているのは、どこまでも透き通った蒸留酒です。キャップを開けると、リンゴのニュアンスをまとったさわやかなブランデーの香り。サンクゼールの創業者である久世良三さんの長年の夢だった「いいづなアップルブランデー」、第3弾となる「2019ふじ&高坂りんご」が、今秋発売となりました。
「このブランデーが生まれたきっかけは、サンクゼールの創業にまでさかのぼります」
そう話すのは、ブランデーの醸造を担当する山崎直宏さん。
「1984年に久世夫妻がフランスのノルマンディーを訪れたとき、カルヴァドス(この地方の伝統的なアップルブランデーの名称)やシードルを片手に、幸せなひとときを過ごす現地の人たちを目にしました。自分たちの土地に誇りを持って生きる人たちと、田舎からカルヴァドスという世界へ通用するブランデーをつくって発信している彼らの世界観。都会の人たちはそんな文化に惹かれ、わざわざこの田舎町を訪れていました」
久世さん夫妻には、この文化が、しっかりと大地に根を張ったリンゴの木のように見えたそうです。そして、「この成熟した文化を日本にも伝えたい」という思いから、サンクゼールが生まれました。
飯綱町の天然記念物である和リンゴ「高坂りんご」を盛り上げるため、2008年より高坂りんごを使ったシードルづくりに取り組んできたサンクゼール。さらに付加価値の高いリンゴのお酒がつくりたいと、久世さんが長年温めてきたアップルブランデーのプロジェクトが始動しました。2017年4月にはドイツから取り寄せた、オーダーメイドの蒸留器を設置。ノルマンディーからカルヴァドスのつくり手を招致したり、現地へ視察に行くなどして、本格的な飯綱町産アップルブランデーづくりが始まりました。
ところで、アップルブランデーとはどのようなお酒なのでしょうか?
山崎さんによると、製造の途中まではシードルと一緒だそう。リンゴを果汁にして一次発酵させ、リンゴのワインをつくります。シードルの場合は、そのワインを瓶に詰めて二次発酵させますが、ブランデーの場合は蒸留器に入れて加熱するのです。
「このとき、発酵したリンゴ果汁を蒸気とお湯でやさしく加熱します。すると、リンゴの香りが残ったままの蒸気が出てくるので、それを冷やして液体に戻すんです。この液体がブランデーの原酒です。アルコール度数は70〜80%ほどで、火がつくくらいの強さなんですよ」(山崎さん)
蒸留釜には100リットルのリンゴのワインを入れることができますが、取り出せる原酒は10リットルほど。原料に対して1割ほどの量しか生産できないそうです。
「普通のブランデーは樽で3年以上熟成させてから出荷するため、このような蒸留したてのホワイトブランデーは、なかなか珍しいんですよ。できたてなので、少々刺激的で荒いところもありますが、リンゴの香りがはっとするほど際立っていたため商品として販売することを決めました。並行して樽熟成も進めており、こちらは2020年出荷予定です」
8月に早生リンゴである高坂りんごとブラムリーが収穫できるので、まずはそれらを品種ごとに仕込み、リンゴのワインをつくっておきます。12月にはふじが出てくるので、同様に。品種ごとに蒸留することで、異なる味わいのアップルブランデーができあがるのです。
10月のワインフェスタに合わせて発売されるのが、「ふじ&高坂りんご」。ふじが主体で入っているので、特有の甘く華やかな香りを感じられます。しかしながら、その裏側には高坂りんごの渋さがアクセントとして隠れており、味わいの幅を広げています。
3月に発売予定なのは、「ふじ&ブラムリー」。こちらは青リンゴであるブラムリーの酸味が特徴的で、スッキリした爽やかな香り、ということです。
「ホワイトブランデーは香りを重視してつくっているため、水とブランデーを1対1で割るトワイスアップという飲み方がおすすめです」と、山崎さん。お湯で割ると香りが飛びすぎてしまうため、長く香りを楽しむには常温の水が一番適しているそう。
「だけど個人的には、コーヒーや紅茶に少しだけ垂らして飲むのも好きなんです。ノルマンディーでは、コーヒーに濃いクリームと少量のカルヴァドスを入れた『ノルマンディーコーヒー』という飲み物も人気なんですよ」
ブランデーのつくり手である山崎さんは、大学時代からブランデーやウィスキーを嗜んでいました。本人曰く、「あまり飲めないのですが、ゆっくりちびちび楽しむのが好きだったんです」。そのように飲むと、「明日もがんばろう」という活力になったそうです。サンクゼールに入社し、ジャムやソースの商品開発をする部署にいましたが、アップルブランデーのプロジェクトが立ち上がると聞き、自ら手を上げました。
ブランデーづくりでおもしろいのは「発酵」であると、山崎さんは言います。
「発酵は、微生物である酵母が仕事をしてくれるので、人間にできるのは温度をコントロールすることくらい。酵母の機嫌によって、味が変わります。蒸留になると、火加減などの設定を変えることにより、人間が微調整できる。その後、熟成させるのは樽任せで、こちらも人間ができることは少ないんです。発酵や熟成など、人の手を超えるところのバランスによってできあがりが変わるのが、ブランデーづくりのおもしろさですね」
いいづなアップルブランデーは、飯綱町の本店をはじめ全国7店舗で限定販売。サンクゼールのオンラインストアでも購入可能です(数量限定)。
リンゴの香りをしたブランデーには興味があるけれど、強いお酒は飲めないし……という方は、本店限定の「りんごバターサンド」と「カヌレ」はいかがでしょう。パティシエの石山奈津子さんによるこれらの焼き菓子は、気軽にアップルブランデーの香りを楽しんでもらうのにぴったりです。
バターサンドに挟んであるバタークリームは、なんとその6割が飯綱町のリンゴ。季節によってブラムリーやふじなどでコンポートをつくり、アップルブランデーと一緒にクリームに混ぜ込んでいます。
「アップルブランデーは澄んだ香りと透明な色が特徴です。それを最大限に楽しんでもらうため、加熱せずにクリームに混ぜ込みました」と、石山さん。リンゴとアップルブランデーなので、もちろん相性は抜群です。
カヌレは通常ラム酒でつくりますが、サンクゼールではアップルブランデーを使用。こちらにはホワイトブランデーではなく樽熟成させたものを使うため、カラメルやチョコレートに近い、深みのある味に仕上がるそうです。
これらの焼き菓子は本店限定販売で、賞味期限は製造から24時間のみ。しかも、手作業でつくっているため販売数もそう多くはありません。とてもレアな手みやげとして、喜ばれそうです。
蒸留者やパティシエ、会社、そしてリンゴ農家さんたちつくり手の「思い」がたくさん込められた、いいづなアップルブランデーと焼き菓子たち。背後にあるストーリーとともに、大切な人に届けてみてはいかがでしょうか。