日本とジャマイカを通じて飯綱町のよさを知り、
隣近所の顔を知る町のつながりを守り続けたい。
ジャマイカで成立したレゲエという音楽に魅了され、ジャマイカ人の夫と国際結婚をした丸山幸代さん。子育ての環境を考えて飯綱町に戻り、現在は看護師資格を生かして障がい者福祉施設で力を発揮している。
子育てしつつ看護師に復帰
看護師として働きながら、レゲエが好きで何度もジャマイカを旅し、ジャマイカで国際結婚をした丸山さん。夫の地元でのゲストハウス開業を夢見て、資金作りのために夫婦で丸山さんの故郷・飯綱町に帰郷。丸山さんは訪問看護として働くなかで娘が生まれた。同時期に夫の母が他界。それを機に、貯蓄もできたことからジャマイカに渡り、手作りのゲストハウスをオープンした。
しばらくはゲストハウスオーナーとして日本人旅行者のツアーガイドをしたり、日本からのテレビ取材を受けていた丸山さん。しかし、娘の小学校入学を前に再び飯綱町に戻る決意をしたという。
「ジャマイカの若者を見ていると仕事がないことを切実に感じましたし、娘にはある程度の先進国のマナーを身につけ、日本語もできてほしい思いがありました」
そこで、まずは娘と帰国。しばらくは町内の菓子店「明月堂」でアルバイトをしていたが、芋川地区にある障がい者福祉施設「あおぞら」で働く友人から「看護師資格を生かし一緒に働こう」と数年来、声をかけられていたことや、昨年、夫も来日し家族が同居できるようになったことから、今年から長野市内にある同法人の生活介護事業所で障がいをもつ利用者の作業活動や運動などを支援する「あおぞら日中活動支援センター」で看護師として働いている。
「ここの利用者はうまく気持ちを表現できないため、表情や小さな変化をよく観察するよう心がけています。そうしたなかでうれしそうな姿を見るのはやりがいですし、今は利用者がずっと健康で穏やかに生活できることが私の目標です」
二カ国での生活からの発見
子育て環境としての飯綱町は、特別扱いされることなく、昔よりもずっと考えが開けた時代になったと話す丸山さん。ただ、ジャマイカに比べ、物が溢れている日本では無駄を感じることも多いという。
「ジャマイカでは何でも最後まで使い、環境問題が話題にのぼる機会もないくらい自然に生きていました。だから、そうした世界があることを町の子どもにも知ってほしいですね。ただ、隣近所の顔を知る飯綱町のつながりは、ジャマイカと変わらないところ。そうした町のよさは守り続けたいと思っています」
ふたつの国の文化を通して視野を広げる丸山さん。母として、看護師として、そしてジャマイカを愛する者として町をしっかりと見つめる姿に、これからの時代に必要な新しい価値観の創造を感じた。
PROFILE
飯綱町坂上出身・在住、1972年生まれ。神奈川県の看護学校に進学し、病院で働きながら趣味のレゲエクラブ巡りも楽しみ、准看護師資格取得。新たに別の看護学校に入学し、1995正看護師資格取得。同年、初ジャマイカへ。2005年結婚し、2008年長女誕生。2010年、ジャマイカでゲストハウスをオープン。2014年帰国し、2017年4月より現職。