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087 明月堂東和田日大通り店店長 藤縄洋平さん

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やはり飯綱町は農業の町。町内の農家と一緒に、
お菓子を通じて町の魅力を発信していきたい。

飯綱町で和洋菓子店といえば、大正15(1926)年創業の「明月堂」。その4代目として2017年に帰郷して家業に入った藤縄洋平さんは、同年、長野市東和田で新店舗を立ち上げ、将来はお菓子を通じた町の魅力発信を考えている。

老舗4代目として家業へ

 飯綱町民なら誰もが知る老舗和洋菓子店「明月堂」が、2017年、長野市内に新店舗を開いた。店長を務める4代目の藤縄さんは、菓子職人で社長でもある母が働く姿を見て育ち、販売の手伝いが楽しかったことから大学は商学部に進学。卒業後は百貨店に店舗展開する東京の洋菓子店で2年ほど働き、家業を継ぐために実家に戻ってきた。
 「昔から両親に継げと言われたことはなく、むしろ『甘い世界じゃない』と最後まで言われて。でも、休みなく働く母が体を壊さないか心配でしたし、自分は販売や広告戦略など大学や社会経験で学んだことを生かせると思いました。結局、親子で数日間話し合い、やるからには町のお客様を大切に、町内の歴史を守って、やりたいこともやるように言われましたね」

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店舗設計やロゴデザインは、設計士やグラフィックデザイナーの従兄妹たちの力を借りながら考えていった。インテリアに使っている80年ほど前の和菓子の型枠は「昔見た」と感動し、記念撮影をしていく年配者もいるのだそう。実家には、まだこの4倍近くの型枠が眠っているという。
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東京では休みのたびにケーキ店を巡った藤縄さん。「それらと比べても明月堂の商品はレベルが高いと感じる」という。新店舗では菓子箱も新調。デザイナーと一緒に業者と打ち合わせをし、エンボス加工をした質感のある紙でシックな色合いのものにした。「味はもちろん、母が守ってきた町での評価を落とさずに受け継いでいきたい」と藤縄さん。

お菓子から町の魅力発信

 家業に入るとすぐに新店舗立ち上げを任された藤縄さん。店舗インテリアには実家にあった昔の和菓子の型枠や曾祖母の嫁入り道具のタンスなど古道具を活用した。コンセプトは「落ち着ける空間」だ。  「型枠を使うアイデアは、社長や設計士である従兄など皆のなかにありました。僕としても長野市の方に対し、飯綱町で歴史があることを伝えたかった思いがあります」
 開業準備は苦労も多かったそうだが、新店舗の評判は上々。
 「ご近所さんや友人から『新店、おしゃれだね』と言われると、僕の仕事を見てくれていると感じてうれしく、感謝の気持ちでいっぱいです」
 実際、新店舗には男女問わず幅広い年齢層が来店し、入りやすい雰囲気づくりができたと手応えを感じている。そんな藤縄さんの今後の展望は、お菓子を通して飯綱町の魅力を広く発信していくこと。
 「やはり飯綱町は農業の町。そこでお菓子の素材はできる限り町のものを使っていますが、今後はネット販売にも力を入れ、農家さんとともに町をアピールしていきたいです。また、町内でこだわったものづくりをしている人と一緒にお歳暮などのギフト商品を作っていけたら。こうして町の魅力を皆で発信し、『なんとなく行ってみたくなる、住みたくなる町』と多くの人に認識してもらえたらうれしいです」

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本店ではできるだけ地元の行事などに出店し続けていきたいという。また「例えば、りんごを使ったうちのお菓子がおいしくて、それが実は飯綱町のりんごだった、というような形で町の魅力を発信できたら」と藤縄さんは話す。

PROFILE

飯綱町牟礼出身、1992年生まれ。郵便局員の父と「明月堂」3代目で社長の母のもとで長男として育ち、長野日本大学高校から日本大学商学部入学。卒業後は南信の企業での就職を経て再度上京し、チョコレートケーキで知られる株式会社トップスに入社。店長職も経験。2017年6月に帰郷し、「明月堂」入社。同年11月「明月堂東和田日大通り店」を立ち上げ、店長に就任。

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