雄大な飯縄山を背景に、ミント、セージ、レモングラスなどなど数十種類のハーブが植えられた畑が広がります。
ここは、「飯綱ハーバルブリーズ」のハーブ園です。今年になって始動したばかりですが、自分たちでハーブを育て、ハーブティーを中心に製品化を進めているグループです。商品は、現在町内では、いいづなコネクトEAST内の泉が丘喫茶室で購入できるほか、お隣の信濃町にある量り売りのオーガニックマーケットVrac Market(バラックマーケット)でも取り扱っています。秋のブレンドは、コモンマロウやマシューマロウなどの花がたくさん入り見た目も華やかで美しいので、プレゼントにしても喜ばれそうです。
ハーブティーの淹れ方は、ティーカップ1杯分に対して、ハーブは大さじ1程度が基本です。秋のブレンドを1パック使う場合は、1Lの沸騰したお湯を入れれば5~6人で楽しめます。「5煎出しても苦みが出ないのよ」と話してくださったのは代表の三上明美さん(73)。新茶の一芯二葉と同じく、柔らかい葉を丁寧に摘み取っているからこそ出せる味なのだそうです。
三上さんは、2019年に飯綱町に移住。今年2月に個人事業主として飯綱ハーバルブリーズを立ち上げました。「73歳で起業しちゃったわ」とバイタリティー溢れる三上さんは、移住前は神奈川県横浜市でカリスマドッグトレーナーとして活躍していました。「最近は餌を使って言うことを聞かせるトレーニングが主流になっているけど、私は餌は使わず、犬に言い聞かせるんです。ハーブも同じで、どうしてほしいか聞いてあげるのよ」。
朝一番に畑で摘んだミントは、自宅の庭で大きなたらいに入れ、水を4~5回替えながら洗います。汚れを落としたらリネンの布に包んでざっざっと大きく振って脱水し、ザルに広げます。水が切れたら地下の乾燥室へ運び、100時間ほどかけてゆっくりと乾燥させます。摘み取りから洗浄、脱水、乾燥まではすべて手作業。ハーブの様子を見ながら、丁寧におこなっているのが印象的でした。
地下室は、天井までの高さが約170cmと低く、コンクリートづくりの小部屋なので乾燥室にぴったり。しかも、小柄な三上さんは頭をぶつけることなく作業ができる、ちょうどいいスペースになっています。
「袋詰めしたときにきれいに見せたいから」とカレンデュラの花は一輪ずつ伏せて干しています。同様にホーリーバジルの葉も、1枚ずつ広げ伏せて並べられていました。とても丁寧な仕事です。片隅に置かれた茶箱をのぞくと、この春収穫されたジャーマンカモミールが保管されていました。リラックス効果や安眠効果がよく知られているカモミールは、ハーブティーはもちろん、コーディアルもおすすめ。コーディアルとは、ハーブや果物を漬け込んで、成分を凝縮させたシロップのことです。試作中のものを試飲させてもらうと、お湯で割ったカモミールコーディアルは、湯気からもカモミールのフルーティーな香りが漂い、口に含むと香りと甘みがふわっと広がりました。全身から力が抜けて、ほっとため息が出てきます。お休み前に1杯飲めば、リラックスしていい夢が見られそう。
「コーディアルは、イギリスで19世紀から飲まれている伝統的な健康飲料です。コーディアルという言葉には“心から”という意味もあるのですが、私たちも白砂糖ではなく甜菜糖を使い、心を込めて作っています」。教えてくれたのはハーブコーディネーターの梨本薫さん(41)。日本でいうところの、紫蘇ジュースのような家庭の味のようですね。カモミールコーディアルは、近日発売予定だそうです。
もう一種類、飲ませていただいたのは、ミントのコーディアル。こちらは太陽を浴びて汗をかいたときにいただきたい清涼感が特徴です。主な材料はミントとレモンですが、赤い色をしています。「ミントのコーディアルが赤いのは、キャンディミントの葉の裏側は少し紫がかった色をしているのだけど、その色素の影響です。秋になってくると色素が薄れて、味は同じだけど色は黄緑っぽくなってしまいます」(三上さん)。キャンディミントはその名の通り、ミントキャンディの香料に使われるミントです。どんなハーブとも相性が良く、飯綱ハーバルブリーズの皆さんのお気に入りなのだとか。
今回は、「夜明けのハーブ」と呼ばれるマロウブルーに、このミントのコーディアルを注いでいただきました。マロウブルーにミントコーディアルを注ぐと、深い青紫が、コーディアルに入っているレモンの酸と反応して、薄いピンクからゆっくりと鮮やかな赤紫に変化します。神秘的な美しさは、思わず見惚れてしまうほど。レモンと何種類ものミントが織りなす清涼感がありながら、しっかりミントなのに主張しすぎない上品さ。その上、各種の効能もあって、なんども贅沢でおしゃれなドリンクです。
「ミントには消化を助ける働きがあるので、食事中の飲み物としておすすめです。マロウブルーと合わせるとノンアルコールカクテルとして楽しんでいただけると思います。ミントは爽やかなイメージですが、体を温める効果もあるんですよ」(梨本さん)
栽培から、加工、販売までを手掛けてまだ1年にも満たないものの、研究熱心にさまざまな取り組みを進める飯綱ハーバルブリーズの皆さん。最近は商品を扱いたいという業者の方やレストランのシェフなどが訪れてくるそうです。
「売り方をはじめ、商品に関するさまざまなことを教えてもらっています。今は皆さんに教えてもらって学ぶ時期なのでしょうね。飯綱町スイス交流協議会の方も協力してくれますし、何でも相談しています」(三上さん) 。
「ハーブをやってみないか?」と三上さんに声を掛けて、起業のきっかけを作ったのは飯綱町スイス交流協議会の存在でした。7月におこなわれたイベント「いいづなスイス交流フェスティバル」では、自慢のハーブを使った「マロウミントスカッシュ」「レモネードミント」を販売したほか、近隣で開催されるフェスやイベントにも精力的に出店しています。
秋が深まり、ひと月近く収穫を続けたコモンマロウの花ももうすぐ咲き終わります。「マロウだけで淹れても、甘みがあって美味しいってほめていただいたんです。ハーブは私が育てた子どもみたいなものだから、ほめられると本当に嬉しいの。ハーブには、ありがとうって声を掛けながら摘んでいるんですよ」(三上さん)
飯綱ハーバルブリーズのハーブづくりは、土づくり、畝立て、栽培、摘み取り、洗浄、乾燥まで、すべて手作業でおこなっているため、ハーブが植えられている面積は畑全体の三分の一に満たない程度。飯綱ハーバルブリーズの挑戦は始まったばかりです。来年はハーブ園の景色がどんな風に変わっているのか、今から楽しみでしかたありません。
後編では、三上さんを支えるスタッフの皆さんをご紹介します。