
飯綱町の古着をりんご染めにして作った衣装
赤や黄色の実をつけた英国りんごの木々に囲まれた、いいづなアップルミュージアム。10月のとある日、その庭がファッションショーの舞台になりました。秋の爽やかな空気のなか、青々とした芝生を歩くモデルたちがまとっていたのは、りんごの剪定枝の染料で色を付けた一点ものの衣装たち。黄色を帯びたグリーンや、やわらかなモスカラーは、それぞれ異なる風合いをもち、自然素材ならではの奥行きが感じられました。
このファッションショーは、先立ってフランス・パリのファッションウィーク期間中に現地で発表されたコレクションを、飯綱町で再び披露するかたちで行われたもの。りんご染めに関わった人たちにとっても、自分たちの手仕事や素材の可能性を見つめ直す機会になったようです。

「パリ? ファッションショー? ……最初は、何のことか分からなかったんですよ」
スピーチでそう語ったのは、三水村時代から40年にわたり、「ピンゴ染め」(りんご染めのこと)を続けてきた地元のグループの方々です。染色に使われたのは、剪定されたりんごの枝を煮出して作る、天然の染料。剪定の時期や気候、染める素材や温度、媒染剤の種類など、さまざまな条件によって染め色の出方が変わるのが特徴です。草木染めが注目を集めた時期を経て、近年はゆるやかに活動を続けていたなか、地域おこし協力隊の原口光雄さんから、新しい提案が持ち込まれました。それは、古着をアップサイクルして新たなデザインに生まれ変わらせるブランド「再倖築(さいこうちく)」とのコラボ企画でした。
テスト染めにと送られてきたのは、解体された古いデニムのパーツ。「本当にこれが服になるのか」と半信半疑のなかで染めてみると、りんご染めとデニムの相性の良さが浮かび上がってきたといいます。
「りんごの枝の染料が、デニムのインディゴに重なることで、美しいグリーンが生まれたんです。自然の色って、こんなに深く変化するのかと、びっくりしました」

リンゴの皮で染められたデニム
また、古着であるからこそ、すり減った箇所や使い込まれた風合いが残っており、そうした要素もりんご染めの魅力となりました。
「デニムって、もともと働く人の服ですよね。だから、使い込まれたデニムにはその人の生活の跡が刻まれている。それが染めによって表情になって現れるんです。再倖築さんは、本当に面白いところに目をつけたなと思いました」

ミュージアムでは、パリ・コレクションの様子を動画で見ることができる。
パリでのショーでは、染めの深みとユニークなシルエットが観客の注目を集め、登場とともに歓声が上がるほどのインパクトがあったといいます。今回の展示では、パリで発表された15ルックに加えて、町内から集められた古着のパーツを組み合わせて制作された衣装も紹介されました。
「この服は、上半身はあえて染めずにスカート部分だけに色を入れることで、色の変化がより鮮明に伝わるようにしています。僕、うさぎを飼ってるんですけど、いつもは服なんて気にしないのに、このりんご染めの服はかじっちゃって(笑)。りんごの香りがしてたんでしょうね」と、再倖築の代表でありデザイナーの田尻永太さんは笑います。
いいづなアップルミュージアムの展示室では、「古着×りんご染め『AFTER LIFE』再倖築-再生後の世界-」と題した展示が、11月3日まで開催されています。会場には、パリ・コレクションで発表された15のルックと、町内の古着を再構成して生まれたりんご染めの新作が展示されています。
「パリで披露したときは、緑が強めに出たモスグリーン系でしたが、今回の染めでは青みが少し残って、やわらかく淡い色合いになりました。毎回ちょっとしたガチャガチャ感があるというか(笑)。それも天然素材ならではの面白さですね」と、原口さんは語ります。

さらに、コットンやリネンなどの自然素材を染めているため、時間が経つごとに少しずつ色が落ち着き、現在はくすみを帯びた優しいトーンに変化しているそうです。
「パリコレの衣装を染めたときには、元々のメンバーの方たちだけでしたが、最近は町内の若手の方たちもピンゴ染めグループに入ったそうです。そうやって新しい世代へと裾野が広がることで、新しい産業が生まれるきっかけになるといいですね」

展示会場の奥には、再倖築のデザイナーやマネージャーによる「飯綱町のりんご」をテーマにしたアート作品も展示されています。作者の名前はあえて伏せられており、来場者はお気に入りの1点に投票できる仕掛けになっています。ぜひ、一番好きな絵に投票してくださいね。

展示の最終日、11月3日には「芝広場まつり」が開催され、りんご染めのワークショップも行われる予定です。30cm四方以内の天然素材の布を持参すれば、染め体験ができます。どんな色に染まるのかは、当日のお楽しみ♪さらに11月30日には、長野市で開催されるファッションイベント「Re : collection NAGANO」にも出展予定。モデルたちがりんご染めの衣装をまとって、再びランウェイを歩きます。本来は廃棄されるはずだった、りんごの剪定枝。そこから始まった小さな試みが、いま、世界とつながりながら、まちの人や暮らしに、あたたかい色を添えています。

(左)イベントを提案した地域おこし協力隊の原口隊員。(右)衣装に使われている大島紬を使ったバッグ。