りんごの花のはちみつを食べたことはありますか? くせがなく、さらっとしていてすっきりと甘くて、私は大好きです。
りんごの花のはちみつを作っている宮本享宣(みちのり)さん(79)は、飯綱町芋川地区(旧三水村)で生まれ育ちました。宮本家が近所で「こうじや」と呼ばれるのは、大昔は麹屋さんだったからだそうです。
りんごの花のはちみつをクレープにかけていただきました
「子どもの頃は、みんな養蚕をやっていて桑の木がたくさん生えていたよ。うちの田んぼも今より広かったし、麦や大豆も作っていたな」
昭和のはじめの世界恐慌により、一大産業であった養蚕が不振に陥り、転換作物として長野県ではりんご栽培が奨励されました。芋川地区で最初にりんごの木を植えたのが、享宣さんのお父さんだったとのこと。標高500mから600mの南西傾斜で日当たりが良く、土壌が粘土質で昼夜の寒暖差がある三水村は、おいしいりんごができる条件を満たしており、りんごの名産地として名を馳せるまでになりました。お父さんが拓いたりんご畑を、現在の2町歩5反(2.5ha)に拡大したのが享宣さんです。主に、ふじとシナノスイートを栽培しています。
プラスチックのコンテナではなく、昔ながらの木箱を使うのは享宣さんのこだわり
「りんごを始めた当初は、祝(いわい)や旭(あさひ)といった酸味の強い品種を栽培していた。早く花の咲く地域から花粉を持ってきて、人間が手作業で受粉していたんだよ」
りんごは、同じ品種間では受粉しても結実しない自家不和合性という性質を持っています。そのため、かつては異なる品種の花粉を人の手で花の一つひとつに付ける大変手間のかかる作業が行われていました。高齢化が進み人手不足の折もあって、園芸試験場(現長野県果樹試験場)で訪花昆虫であるミツバチが受粉にも有効だと聞いた享宣さんは、さっそく、ミツバチによる受粉の方法を取り入れました。長野県養蜂協会にも加入し、ハチの病気のこと、薬の影響など養蜂技術を勉強したといいます。
「暖かい時期だと、ミツバチは2kmほど飛ぶので、芋川地区の大部分でうちのミツバチが働いていることになるね。りんごだけじゃなく、ナスやカボチャなんかの野菜もハチが花粉を運ぶから、養蜂を始めたころは近所からずいぶんありがたがられたよ」
ミツバチを襲うスズメバチはネズミ捕りシートで捕獲します。一匹捕まえておくと、助けに来た仲間も捕らえることができるそう
後継者不足については、「うちじゃなくても、この辺の誰かがハチを飼ってくれたらいいんだけどな」とこぼします。受粉は、人の手よりも、ハチの方が確実なのだそう。ハチたちが可憐なりんごの白い花と花の間を飛び回り、りんごみつを採り終えるのは5月上旬ごろ。次はアカシアの花を求めてハチの巣箱を千曲川沿いに移動させます。アカシアのはちみつはマイルドな口当たりですが、りんごはちみつに比べると濃厚な甘みがあります。
「3年ぶりに採蜜したよ」と味見させてくれたのは、ケンポナシのはちみつ。爽やかな柑橘を連想させる味がします。希少な上に、二日酔いに効くといううれしい効能もあるとか。人気のある宮本養蜂のはちみつは、知り合いに分けるだけで売り切れてしまい、残念ながら現在は店頭で購入することはできません。それでも、ハチといえば宮本さんということで、享宣さんのもとには養蜂以外の相談も寄せられるそうです。
「家にスズメバチの巣ができて困っている人がいると、役場から電話がかかってくるんだよ。ハチは夜になると巣に戻る性質があるから、夜暗くなってから駆除に出かけて一網打尽にするんだ」
手に持っているのはスズメバチの巣
「はちみつはね、花とミツバチそして養蜂家、この3つが揃わないと食べられないのよ。うちには3つとも揃っているの」と妻のゆき子さん(77)。
「この人は、はちみつ舐めるだけ」(享宣さん)、「巣箱の移動を手伝ったわよ」(ゆき子さん)。
せっかちな享宣さんと、おっとりとしたゆき子さんの会話は心地よいテンポで続きます。「言い合うこともあるけれど、やっぱり(享宣さんが)いないよりは、いた方がいいわね」と、ほほ笑むゆき子さん。健康の秘訣は、毎食、ヨーグルトに皮付きのりんごを刻んで、きなことはちみつをかけて食べることだそうです。
〈洗顔後 鏡ににこり よろしくね 今日の良き日を 願いて望み〉
ゆき子さんの詠む短歌には、穏やかな日常を願うゆき子さんの暮らしぶりが垣間見えます。
「足腰が不自由になってきたけれど、この歳まで健康でいられるのも、はちみつのおかげかしらね」
宮本家にうかがった10月初旬は、ちょうどシナノスイートという品種のりんごの収穫が始まった日でした。
「おいしいりんごを作る作業員は葉っぱなんだよ。実を赤くするために葉摘みをする農家もあるけれど、うちではなるべく葉を取らないようにしてる。昔は水をかけて冷やすと赤くなるなんて方法もあったけれど、これもまずくなる。りんごは果汁が命だからね」(享宣さん)
「ミツバチはかわいいよ」と眺めながらも、花の蜜と花粉を集めるハチの能力を“自然からの贈り物”とし畏敬の念を忘れない享宣さん。
「見てくれじゃなくて、味本位のおいしいりんごをつくらなくちゃ」
ミツバチの働きに想いを馳せながら、今年もおいしいりんごが味わえることに感謝しています。
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やまり園
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