夜の森は静寂に包まれます。耳をすませば、普段は聞こえない動物たちの生活音に気づくことができます。
飯綱町在住で、ムササビの観察をライフワークにしている村上欣央さんが、ある夜の森でのできごとを話してくれました。
「大学生のころ、ムササビの観察で夜の森に入りました。日没前のやや明るい時間から、ムササビの巣穴が見える場所で待ちます。ときおり、キツネやタヌキなどの足音も聞こえてきます。日が落ちてムササビが巣穴から出てきたら、地上からあとを追います。ムササビについていくと、突然、フクロウがムササビに襲いかかってきました。ムササビはフクロウをかわし、木の幹に着地。その一瞬、ムササビの爪が木肌を捉える『カツッ』という音が響くんです。再度、ムササビは宙を渡り、フクロウが追う。それが幾度となく繰り返されます。カツッ、カツッという音だけが響くなか、ぼくはその光景を見ていました」
村上さんは長野市篠ノ井出身。富山県の大学に入りました。
「サークルを決めるとき、『ムサ研』という名前に衝撃を受けて、思わず『ムササビ研究グループ』に入ってしまいました。近くの里山をフィールドに自然観察をしているサークルです。2人が3年で、1人は卒業生。今年誰も入らなければ廃部になるところだったと聞きました」
入会後、「それじゃ、さっそくムササビを見に行こう」という先輩たちに連れられて、双眼鏡を片手に夜の森へ。生き物が好きではあったけれど、ムササビはおろか、野生動物すら見たことがなかったという村上さん。「そんな、見に行こうって行って見られるものでもないだろう」と思ってついて行ったのですが、その予想は外れました。あらかじめ見つけてあった巣穴の近くで日の入りを待ちます。あたりが暗くなるのと同時に、穴からムササビが顔を出しました。木から木へ、ムササビは飛膜を広げて移動します。村上さんたちも、地上からその後を追います。村上さんが初めてムササビに魅せられた瞬間でした。
「ムササビ研究会は、一般の人向けに『公開観察会』を開いていました。そういうところで、ムササビについて人に伝えることもとても楽しくて、どんどんムササビにハマっていきました」
サークル活動を通じて、ムササビだけではなくほかの生き物が好きな人たちにも出会いました。夜に双眼鏡で素早くムササビを見られるようにするために、鳥を見て焦点を合わせる練習をしていたところ、野鳥図鑑で見た鳥をチェックするのが楽しくなり、野鳥観察も始めたそうです。
「大学時代は、1年に200日はムササビを見に行っていました。ひとりで夜の森にいると、自分がその場所に溶け込んでいく感じがします。自分が森の中の生き物のひとつであるということが実感できるんです」
現在、村上さんは飯綱町の田園地帯の家で家族とともに暮らし、長野市のスキーメーカーで働きながら、たまにNPOなどで自然体験のインストラクターをしています。町内にもムササビを観察できる場所があり、昔のように頻繁というわけにはいきませんが、何度か見に行ったそうです。
「子どもは6才と2才ですが、夜の森には行きたくないようですね。だけど、子どもたちには動植物に詳しくなってほしいというよりも、自然に親しむ中で、例えば「キビタキの鳴き声が聞こえたから夏が近いなぁ」というような感覚を伝えていきたいですね。そういうふうに日常の小さな変化で季節を知る感じることができると、毎日の生活が豊かになると思うから」
前職でキャンプ場で働いていたときには「屋根裏にムササビが住み着いてしまった」などの相談を受けることもあったという村上さん。
「ムササビは、実はそれくらい身近な生き物。飯綱町にもいくつか観察できる場所がありますし、長野市の市街地でも痕跡があったりします。だから、『身近のこんな環境に野生動物がいるんだ』ということを知ってもらえるだけでも嬉しいです。そうして少しだけ目線を変えると、どこでも自然を身近に感じられるようになって、毎日が楽しくなると思いますよ」