「2020年農林業センサス」(農林水産省2021年公表)によると、2015年には197.7万人だった農業従事者数が、5年で45.7万人減少して152万人になったそうです。国内における農家の約70%は65歳以上の高齢者であるという状況も、食料自給率の低い日本においては不安材料となっています。そんななか、飯綱町で農業を事業のひとつとする会社を立ち上げた若者たちがいます。株式会社みみずやです。みみずやが運営するコラボファームは、遊休農地を活用するビジネスモデル。彼らの畑では元サッカー日本代表の石川直宏さんほか、さまざまなアスリートが高品質のトウモロコシを栽培しています。彼らの熱い挑戦を紹介します。
石川直宏さん(左)と中條翔太さん(右)
「『みみずや』という社名は、あの土中にいるミミズからとりました。ちょっと気持ち悪いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ミミズがいる土は、いい土だって言われます。僕たちは、ミミズ自体を増やして飯綱町の土壌を良くしていくのはもちろん、ミミズのような存在でありたいという気持ちを込めています。そして、そんな目立たないけれど地道に活躍する人を、飯綱町に増やしていきたいんです」。
みみずやの代表である中條翔太さん(28)は、長野県大町市出身。Tシャツから出る腕は日焼けして、文字通り真っ黒です。学生時代は電気工学や材料工学を学び、卒業して重電機器メーカーに就職。国内外で発電所や変電所に納入する機器開発をしていたという経歴の持ち主です。
トウモロコシを栽培する理由は、光合成でCO2を吸収する能力が高いC4植物であることと、丸かじりが絵になり子どもから大人まで美味しく食べられることから。
中條さんの横で、屈託のない笑顔を見せている男性に見覚えのある方も多いかもしれません。元サッカー日本代表である石川直宏さん(41)です。石川さんは神奈川県横須賀市出身。2000年からサッカーJリーグの横浜F・マリノス、2002年からはFC東京に所属しミッドフィルダー(MF)として活躍。度重なるケガに悩まされるも、ベストイレブンや日本代表選手に選出されるなど、スピードを武器に活躍した名選手です。現在は、クラブとファン、クラブにかかわる人たちをつなぐ役割を担い、FC東京のクラブコミュニケーターとして活動しています。
サッカー選手の僕を知らない人が、農業している僕という存在から知って、「あの人ってサッカー選手だったんだ!」みたいな(笑)。そういうきっかけをこの畑で作りたい。
遊休農地の新しいビジネスモデルをめざす
みみずやの事業のひとつであるコラボファームのビジネスモデルは、石川さんのようなアスリートと飯綱町の遊休農地を協働で運営していくというもの。「もともとは、アスリートのネクストキャリア(第二の人生)を支援する株式会社I.D.D.WORKSの事業がきっかけで、そこから僕らが独立して(株)みみずやを立ち上げました。ナオさんがコラボファーム事業の第1号です」(中條さん)
スポーツ界のアスリートたちは、若いときをスポーツだけに打ち込み、世間一般ではまだまだ働き盛り、むしろこれからが円熟に向かうという年齢で現役を引退する宿命にあります。アスリートのセカンドキャリア問題は以前から課題となっており、さまざまなサポートが生まれているものの、いまだこの問題に悩むアスリートは多いのだといいます。石川さんは、アスリートに限らずさまざまな人が、農業を通じて自らのキャリアについて考えるきっかけづくりをしていきたいと、コラボファームを活用しています。農園は「NAO’s FARM」と命名され、自称「農場長(見習い)」の石川さんも月に2~3回は畑を訪れ、汗を流しています。しかし、さまざまなキャリア候補がある中で、なぜ石川さんは農業を選んだのでしょうか。
「飯綱町でNAO’s FARMをスタートしたのは昨年です。土に触れ、苗を植えて、という一連の流れを経験したとき、農業ってアスリートと似ているな、と親和性を感じたんです。スポーツ界は、突発的なケガや監督に使ってもらえないなど、予期しないことが原因で試合に出られなくなり、翌日から自分の環境が変わってしまう世界。農業にも通じるところがありますよね。思いを持って作物を育てていたのに、天候などの外的要因に左右されてうまくいかないことが多々起きる。それでも、向き合っていかなくてはいけないんです」。
黙々と自分自身と対峙するところ、自分以外の影響を受けるところ、そして体力勝負であることも似ていると語る石川さん。そして中條さんは、「この事業は単にセカンドキャリア、デュアルキャリアとして農業をやりましょう、というだけではありません。畑で生まれたコミュニケーションからコラボレーションが始まり、農地という場所で新しいコトを起こしていきたいと思っています。そこに賛同してくださったのがナオさんなんです」。
僕らがあたりまえでやっていることが、地域の人のためになっていたり自然循環をよくしていたりするといい。
これまでの農業のイメージを刷新していく
しかし現在の日本の農業には、キツい、汚い、カッコ悪いとか危険、給料が低いなど、マイナスイメージが根深くあり、子どもが憧れる職業ランキングにも上がりません。かたやサッカー選手は常にトップ3に入る花形です。
「農家さんて孤独な仕事だと思うんです。でも僕は、見た目は地味でも、黙々と取り組む姿勢や、日焼けした肌、土が爪に入ってしまった手こそ、カッコいいと思うんです。キツいからこそ、楽しくカッコよくやりたいですよね。僕のような存在がそれを伝え、農業に取り組む姿勢を見せることによって農業に光を当てることが、僕の使命かもしれないです」と石川さん。今後は、飯綱町の知名度アップへの貢献はもちろん、地元の方々とたくさん交流していきたいとまっすぐな目で語ってくれました。
石川さんのほかにも、東京ヴェルディのMF小池純輝選手が活動している、児童養護施設を支援する「一般社団法人F-connect(エフコネクト)」や、サッカー漫画『キャプテン翼』の原作者である高橋陽一氏が代表をつとめる南葛SCのGK寺沢優太選手と契約しているほか、大宮アルディージャVENTUSの元なでしこジャパンDF鮫島彩選手、昨シーズンに現役を引退したパルセイロレディースFWの泊志穂選手などがコラボファームに賛同し飯綱町の畑に訪れており、出会う先々で、おもしろい意見やアイデアが生まれています。
中條さんも、今後は、彼らとみみずやが入居する「いいづなコネクトWEST」やまちづくり会社カンマッセいいづなをはじめ、地域の方々とのつながりを深めていきたいと未来を見据えます。
地域に密着し応援される会社になる
「研修やイベントなども実施し、知名度を上げていきたいです。けれど、ただ単に有名人が畑をやっているというたてつけではなく、飯綱町にはめちゃめちゃいい作物をつくっている農園がある。実はそれを作っているのは、石川直宏さんやアスリートである、というストーリー展開にしていきたいんです。これがしっかりできれば、事業として尖らせたものにできると思っています」
農業とまじめに向き合いつつ、そこに独自性と収益性を織り込むことが大切なのだと話します。そんな話の中で、とてもうれしかったというエピソードを教えてくれました。
「僕らに畑や重機を貸してくれるなど、何かとお世話になっている方がいるんですが、ある日その方の知り合いから『聞いたよ、がんばってるじゃないか』って言ってもらったんです。僕らのことを、誰かに話したくなるような存在に思ってもらえたのかなって、すごくうれしかった。でも、そのお世話になった方は、先日亡くなってしまったんです。だけど、この事業をやっていくと決めた選択は、間違ってなかったと強く感じています」
飯綱町は、新しいことをやろうとする人を見守り、応援するまちでありたいもの。このエピソードは、みみずやメンバーの心に深く刻まれていくに違いありません。
「僕らの畑にさまざまな人が来ることによって、農業や自然に興味を持ち、いま地域にある課題を少しでも自分ごとに考えてほしいと思っています。同時に、新しい資材や技術、農法にも積極的にこのチャレンジして、地域に新しい風を吹かせていきたいです」
みみずやがめざす先にあるもの
農業を主体とはしていますが、みみずやが取り組むのは農業事業だけではありません。いいづなコネクトWEST内の廃校フィットネス「Sent.」の管理運営、各種イベントの企画運営、そして地域課題を基点とした人材育成もおこなっています。彼らの事業に共通しているのは、地域とのつながりを大切にするという姿勢です。社名にも採用されているミミズの生き方のように、彼らに大きなことをやってやろうといった気構えなどはありません。まさに「ミミズが土を豊かにしようと思って生きていないように、あたりまえのことをしていたら、それが地域のためになり、環境のためになる」を地でいくスタイル。ちっぽけな地球の虫が肥沃な土壌をつくるように、一人ひとりが素直に生きていくことが、豊かな地域を育むのかもしれません。
※この記事は、飯綱町広報誌「いいづな通信」2022年9月号(No.202)に掲載された特集記事を飯綱町の許諾を得て転載し、修正を加えたものです。