自然に囲まれ、野菜や果物がおいしく、声をかけ合えるご近所付き合いが残り、待機児童はほとんどなし。そんなスローな暮らしや理想的な子育て環境を求めて田舎への移住を考える人は年々増えていますが、そのときに躊躇する理由のひとつが「仕事」。
飯綱町では、車や電車で長野市内まで通勤するか、夏は農家さんの手伝い、冬はスキー場で働くなど季節ごとの仕事をする人が多いようです。県都である長野市に隣接しているため、比較的求人を見つけやすくはありますが、小さい子どもを持つお母さんが仕事を探すとなると、やはりハードルは高めとなります。また、メインとなる仕事のほかに副収入を得る手段がほしいけれど、スキルがないからどうしていいかわからない、という人も実は多いかもしれません。
このような、働くことに対する潜在的なニーズに応えるため、飯綱町から委託を受け、長野市のビジネスプラットフォーム「CREEKS」が始めたのがテレワーカー育成事業です。
「CREEKSは建築設計事務所でもあるため、いいづなコネクトWEST(いいコネWEST)の企画設計から参加させていただきました。そして現在は、まちの人に新しい働き方を紹介し、テレワーカーを育成する事業に力を入れています」
そう話すのは、CREEKSの代表取締役である古後理栄さん。
「飯綱町には、一般的なオフィスワークの求人がなかなかありません。子どもがいるお母さんでも、事務職を希望するなら30分以上かけて長野市まで通勤するのが現状ですよね。でも、テレワークなら在宅でできるさまざまな案件があるので、自分に合った働き方を探すことができると思います」
CREEKSでは、パソコン初心者のための「パソコン基礎講座」やオフィスワークで使える「パワーポイント講座」、書く技術を養う「ライティング講座」などのテレワークに役立つセミナーを実施。受講料が低く抑えられているうえ託児所も完備しているとあって、町内在住の女性を中心に定員を超える反響がありました。
企業からテレワーカーへの依頼が多いパワーポイントの講座は、3ヶ月にわたって開催されました。受講後、身につけたスキルを実践でブラッシュアップできるようにと、CREEKSが協働する東京のアウトソーシング受注企業「イマクリエ」を紹介。希望する人には、フリーランスとしてスキルに合った仕事を受けてもらえるような流れをつくりました。案件は基本的に単発なので、テレワークという働き方が自分に合っているのかどうかを試すためのいい機会でもあります。
「この講座がきっかけで、テレワーカーとして働きはじめたり、IT企業で職を得た方もいらっしゃいます。こういう人たちが周りにいることで、田舎に住みながら時給のいい仕事や時間に縛られない仕事をすることが可能だということが、少しずつ浸透していけばいいなと思っています」と、古後さん。
ウェブサイト制作の「合同会社あやとり」やコーティング剤メーカーの「株式会社サフィックス」を始めとした企業のサテライトオフィスが入居するいいコネWEST。「廃校活用施設を舞台に、異なる業種の会社が連携できるのがおもしろく、またすばらしい」と古後さんは話します。
「次は、住民のものづくりの特技を活かして仕事にする企画なども行いたいです。町民のみなさんが積極的に考えたりつくったりしていることがあるのなら、それを表現しないともったいないですから」
飯綱町の、人と企業、スキルと仕事をつなげる取り組みにより、町内でも自宅から全国のクライアントにアクセスできるテレワークという新しい働き方が広まりつつあります。そして、より自分らしい田舎暮らしの実現に一役かっているようです。
CREEKS
長野市西後町町並1583
026-405-8353
パワーポイントの知識ゼロの状態から3ヶ月間の「パワーポイント講座」に参加して、実際に仕事につなげたお二人の事例をご紹介します。
松木春菜さん
歯科衛生士として長野市の歯科医院で7年以上働いてきた松木さん。子どもが生まれてからパートとして復帰しましたが、子どもの病気などで急に休まなければならないときなどがあり、次第にプレッシャーを感じるようになったと言います。
「学生時代のアルバイトも歯医者だったので、本当にほかの仕事を知らない状態でした。でも、子どもが小さいうちは融通がきく仕事がいちばんだと思い、リンゴ農家さんの手伝いのほか、ウェブライターの仕事にチャレンジしました」
ウェブライターとしてクラウドソーシングに登録し、未経験でも受注できる仕事をしていましたが、時間がかかる割に報酬は少なく、継続する案件もあまりないため収入は不安定だったと言います。そんなときに飯綱町の「パワーポイント講座」のチラシを見て、参加を決めたそうです。
「その頃の私のパソコンスキルは、自己流でワードとエクセルを少し使える程度。パワーポイントは、何をするためのソフトなのかもわからない状態でした(笑)。でも、チラシに『仕事につながる』と書いてあったので、それが決め手で参加しました」
3ヶ月間にわたる講座を終了した松木さんは、最終日にCREEKSと講座を共同運営するイマクリエに登録。最初に受注した案件は資料を作成するだけではなくデザイン要素まで必要だったので「まだそこまで難しい仕事はできない」と感じたそうですが、その後は原稿からパワーポイント資料を作成する仕事をコンスタントに受けるようになりました。そして数をこなしていくうちに、採用面接の調整や、企業のアプリ導入をサポートする仕事も任されるようになりました。
「自宅にいながら、名古屋や福岡などの会社の人とやり取りしています。時給にして1000円くらい。家族の用事があるときなどは受ける案件の量を減らしてプライベートの時間を増やすこともできるので、とても働きやすいです」
しばらく在宅で仕事をしているうちに、「ずっと家にこもっているよりも、少し外に出て人と話したいな」と思い始めた松木さん。そんなとき、飯綱町ワークセンター(I work)の求人に出合い、週3日勤務することを決めました。
「i workでの仕事は同世代のお母さんたちと話す機会があるし、かわいい子どもたちにも会えるから気に入っています。こうやって、テレワーカーとオフィスでの仕事を織り交ぜながら、理想のライフワークバランスを探っていくのもいいなと思っています」
最近では、テレワークの仕事を受注したときなどに「今回はセミナーの資料作成の案件ですが、セミナー開催に関して、このようなことでもお手伝いができます」と提案し、自ら仕事を作り出すこともあるという松木さん。
「『こんな働き方がしたい』という理想があるのなら、はっきりと道が見えていなくても、いろいろなことをやってみるといいと思います。2年前の私はパワーポイントが何なのかさえ知りませんでしたが、今ではこんなに世界が広がったんですから」
荒井亜由美さん
東京の文化服装学院で2年間服づくりを学び、出身地の飯綱町に帰ってきた荒井さん。10年間コールセンターに勤務したあと、結婚を期に退職。2人の子どもに恵まれました。
「子どもが生まれてから自分の老後が心配になり、定年後にも働ける仕事をしたいと思うようになりました。幸い、i workでいろいろなセミナーが開催されていたので、手当り次第に参加(笑)。『好きなことを仕事に』というコンセプトのセミナーでは、ほかのお母さんと協力して、いいコネEASTのチャレンジラボのイスカバーなどをつくる仕事したり、子ども向け手芸ワークショップを開催するなどしました」
パワーポイント講座に参加したのも、そんな「手に職探し」の一環でした。
「働いていた頃には、少しですがワードやエクセルを使っていました。だけど、仕事を離れてしばらくすると、使い方が思い出せなくなっちゃいますよね(笑)。でも、セミナーに参加したことで、パワーポイントのスキルを習得することができました」
講座終了後は、子どもが体調を崩して忙しかったこともあり、テレワーカーとして登録することはなかったそう。しかし、しばらくしてCREEKSの古後さんから「町内でパソコン基礎講座を開催するのですが、それをサポートする仕事をしませんか?」と声がかかり、挑戦してみることにしたそうです。
セミナーは成功に終わり、イベントサポートの自信がついた荒井さん。次はi workの「お仕事マッチングイベント」にスタッフとして参加しました。
「そのイベントの手伝いをしているときに、いいコネWESTにオフィスがある『合同会社あやとり』さんから『うちで働いてみない?』とオファーがありました。あやとりさんは、ウェブサイトをつくっている会社。私はウェブサイトなんて見る専門なので迷ったのですが、仕事内容を聞いてみると、パワーポイントを使ってプレゼン資料を作成してほしいということでした」
セミナーを受けた経験に後押しされ、オファーを承諾した荒井さん。業務はプレゼン資料の修正作業からスタートしましたが、少しずつhtmlも教えてもらうようになりました。「今もまだまだ勉強中」とのことですが、現在はまちづくり会社の株式会社カンマッセいいづなのサイトリニューアル業務にも携わっているそうです。
以前は、「これ、おもしろそう」と思うことがあっても、「でも、結局できなくなったり、忙しくて回らなくなってしまうかも」と、行動に移すことを躊躇していたという荒井さん。しかし、セミナーの手伝いなどをしているうちに、「やってみてできなかったら、やめてもいいんだ」と考えるようになり、とりあえず動いてみるようになったそう。そして、そんな行動の積み重ねが現在の仕事につながったのだと話します。
「私はあまり、いろいろなところに顔を出すタイプじゃなかったんです(笑)。でも、行動することで人との出会いが増えて、人とのコミュニケーションの中で仕事を見つけることができたんだと思います。あやとりさんからのオファーも、最初は『できるかな』と思ったけれど、今はやってよかった。何が仕事になるかわからないので、興味があることはとりあえずやってみるのがいいと思います」