地域おこし協力隊は、制度発足から10年。全国で1,061の自治体が受け入れをし、都市圏から地方に移住した人は5,359人にも上ります(2018年度)。都市部に集中する人口を人口減少する地方に移動させ、定住促進と地域活性させることを目的に総務省が打ち出した制度で、注目度は高まる一方です。19年度からは日本人だけでなく、外国人の受け入れも推進していくと発表されました。
実はここ飯綱町は、いち早く外国人の協力隊を採用しています。
ダホミこと、バーダヒーム・アブドラハマーンさん(25)は、18年1月から12月までの約1年間、協力隊として飯綱町で活動していました。出身は中東のサウジアラビアです。任期中は、メディアにも注目され、取材が相次ぎました。
「日本を紹介した番組を見て、日本にとても興味があった」というダホミは、愛知県の名古屋商科大学へ進学。ふらりと訪れたカフェで、のちに飯綱町の協力隊となる植田さんに出会い、意気投合したそうです。
「飯綱町に移住した植田さんを訪ねたら、自然がたくさんあって何もかもがすばらしかった。ここに住んで、中東の人たちに飯綱町を紹介したい」
役場も彼の思いを汲み、飯綱町初の外国人協力隊としての受け入れに尽力してくれました。
1年という短い期間だったため、存在を知らなかったという方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、「ふるさとCM大賞」を受賞した飯綱町のCMは、ダホミがモデルとして登場しています。また、日本語は読み書きも達者で、農業が大好き、毎朝早起きをして霊仙寺湖畔をジョギングする姿に、応援してくれる人が徐々に増えていきました。
2018「abn・八十二ふるさとCM大賞NAGANO」で八十二銀行賞を受賞した飯綱町のCM
在任中は、天然酵母のパンを焼いて販売したほか、得意な写真や動画の撮影を生かして町の人々の暮らしを撮りため、展示会や上映会を開催しました。また、日本にいるサウジアラビア人を飯綱町に呼び寄せ、自然や農業の体験ワークショップを行うなど、精力的に活動しました。そして昨年の12月には、地域おこし協力隊の活動の集大成として、サウジアラビアの首都リヤドのアートスペースで、飯綱町で過ごした日々をまとめた写真展を開催しました。
「1年間に撮りためた300枚の写真、30分のビデオを見せながら、トークを交えて5時間のイベントをしました。集まってくれたのは60人くらいかな。旅が好きな人、日本に興味がある人、アーティストが多く来てくれた」
そこで質問されたのは、「どうやって日本人と人間関係を作ったか」「なぜサウジの都会育ちの人が日本の田舎で暮らしたのか」「りんごや田畑について」「どうしたら飯綱町に行かれるか」などなど、具体的な内容だったそう。
「インスタのフォロワー数が3万5千人というサウジの友人がたびたび飯綱町に遊びに来ては、SNSで『iizuna』とアナウンスしてくれたので、それを見ていた人が興味を持ったのだと思う。でも、りんごの美味しさとか、飯綱町や日本のイメージは、なかなか伝わらなくて苦労したよ。おもしろそう! とは思ってくれているけど、行き慣れているヨーロッパとは違って、まだまだわからないことが多すぎて不安が大きいみたいだね」
そして飯綱町を去ってから半年ほど経った6月の終わり、ダホミが帰ってきました!
「自分でもこんなに早く戻ってくるなんてびっくりだけど(笑)、今回はプロジェクトで来たんだ」とダホミ。サウジに帰ってからは、飯綱町をSNSで発信してくれた友人と一緒に、映画を制作したり旅の経験を講演したりする、Rakuda(ラクダ)という会社を立ち上げたそうです。
「スキルを活かして田舎でライフスタイルを築いている日本人にインタビューします。場所や会社に縛られず、自分で自由に暮らし方を選んだ人のストーリーを世界に紹介するプロジェクトです」
わずか2週間の滞在で、6人の方々の撮影とインタビューをこなしました。
久しぶりに飯綱町に帰ってきた感想を尋ねると、「おかしいかもしれないけど、ホームな感じがあったよ。道も覚えているし、町長にも会えたし、いろいろな人から『久しぶり!』と声をかけてもらえて、とてもうれしかった」とはにかんだ笑顔をのぞかせました。協力隊の任期中は、受け入れてくれたことに感謝しつつ、その分、責任も感じていたと言います。
「自分を認めてほしかったから、いつも、ちゃんとやらなくちゃ、と考えていたよ。やりたいと提案したことを自由にやらせてくれた役場には、本当に感謝している。ただ、本気で外国人を受け入れたいのなら、もっと意識を持ってやってもらいたいと思った」
具体的には、「外国人はSNSを見ているから、飯綱町の価値観をカッコよく見せることができれば、外国人は来てくれる。大事なのは、立ち寄れるカフェがあること。お金をかけて準備するんじゃなくて、暮らしを見せることだと思うよ」と世界を見てきた視点で語ってくれました。
サウジアラビアは、日本人にはあまり馴染みのない国ですが、ダホミをきっかけに、これまで飯綱町を訪れたサウジアラビア人は10人以上。日本在住のサウジアラビア人の数は900人余りとのことなので、すごい割合です。これからは、日本人の移住者どころか、小さな田舎の町でも外国人が訪れる時代です。せっかく生まれた交流の種ですから、少しずつでも友好的に繋いでいかれたらいいですね。
今後は、撮影したドキュメンタリーの編集をして、プロダクションや映画会社、Netflixなどに売り込みをしていくのだとか。大阪やリヤドでは、すでに講演の依頼があり、その準備に追われています。
「大阪のイベントが終わったら一度サウジに帰り、秋から半年間、南米を旅する予定です。まだ先の話だけど、将来は飯綱町に住むのが夢です。農業をやって、できるだけ自給自足の暮らしをしてみたい。その様子をドキュメンタリーに撮ったり、小麦から作ってパンを焼いたりもしたいです」
もちろん、知らないことや新しいものに対する不安はありますが、人口減少と町の存続が危ぶまれる中、飯綱町を知って飯綱町を気に入り、住みたいと言ってくれるなんてうれしいですね。別れ際に、「今度は冬に来るよ!」と手を振ってくれたダホミ。次に会ったら「久しぶり!」と声をかけてみてください。きっとはにかみながら、笑顔を見せてくれるはずです。