
飯綱町古町地区に、浄土真宗のお寺・願法寺があります。創建は建歴2年(1212年)で、元和元年(1615年)に松代町寺尾より現在の古町に移転したという、親鸞聖人ゆかりの古刹です。願法寺では、古くから「出開帳」と呼ばれる活動が行われてきました。布教のためのお寺の宝物を携えて全国を巡り、多くの人々と交流していたといいます。そのため、全国から人々が参詣する寺でもありました。
その参道沿いに、今もひっそりと植えられているのが「お茶の木」です。少なくとも江戸時代から、この場所にあったと伝えられています。

「全国から人が集まる寺だったので、京都とのつながりも深く、宇治からお茶の種を持ち帰って境内に植えたのが始まりだと聞いています」
そう話すのは、お寺の娘としてここで育った坊守の日野多慶子さんです。
境内の裏山のふもとには「金玉水(きんぎょくすい)」と呼ばれる湧き水の池があり、その水でお茶を淹れていたそう。池の近くには「お茶所」と呼ばれる場所もあり、そこで客人をもてなしていた時代もあったそうです。
多慶子さんは、幼い頃の記憶をこう振り返ります。
「昔は、みんなで茶摘みをして、お寺の釜でお茶を作っていました。大きな瓶に入れて新聞紙で蓋をして、年末くらいまで飲んでいましたね」

この地域は静岡などの茶どころよりも冷涼なため、収穫時期は八十八夜より遅く、5月の終わり頃。新芽が3枚ほど出たころが摘み時だったそうです。摘んだ茶葉は煎茶にして「春霞」と名付け、参詣者に頒布していました。当時使われていた茶袋のラベル用の版木は、今もお寺に残されています。しかし、時代とともにお茶は大きな産地から入手しやすくなり、手間のかかるお茶作りは次第に行われなくなっていきました。かつて当たり前だった地域の営みは、少しずつ暮らしの中から姿を消していったのです。
2016年、いいづな歴史ふれあい館で特別展「発掘された飯綱町の戦国遺跡」が開催されました。町内で出土した茶臼や茶器、風炉などの茶道具が展示される中で、学芸員の小山さんは「見るだけでなく、体験してもらえたら面白いのではないか」と考えたといいます。
「戦国時代は、まだ煎茶がなく、お茶といえば抹茶か煮出すお茶でした。せっかくなら、地元の茶葉を使って、抹茶を挽くところから体験してもらいたいと思いました」

小山さんは願法寺に相談し、春先から茶の木の一部に寒冷紗をかけて育てる試みを始めました。抹茶用の茶葉は直射日光を避けることで、苦味が抑えられ、旨みが増すためです。
収穫は約2か月後。摘んだ茶葉を茹でて発酵を止め、乾燥させる工程に入ります。しかし、高温乾燥の設備はありません。そこで使ったのが、家庭用のホットプレートでした。
「焦がしたら全部台無しになるので、温度計を見ながら、みんなでひたすら焦がさないようにかき混ぜました。料理上手な方が集まってくれて、いい状態の碾茶(てんちゃ、抹茶にする前の段階の茶葉のこと)に仕上がりました」
茶臼は、小山さんが個人的に購入した骨董品。挽いてみると、鮮やかな緑色の抹茶ができあがり、香りも良かったそうです。

同年12月には、願法寺でお茶会が開かれました。当時の副町長や教育関係者、ボランティアなど約20人が集まり、町民のお茶の先生たちが抹茶を点てました。願法寺のお茶は量が限られているため、特別展では京都から仕入れた茶葉を使った体験も行われましたが、こちらも好評だったといいます。

そして今、このお茶の木をめぐって、また新しい動きが生まれています。
青木しづかさんは、コロナ禍をきっかけに飯綱町へ引っ越してきた看護師で、ハーブティーの作り手です。2024年に「AUMAKUA Iizuna Herb」を立ち上げ、ヨモギやカキドオシ、クズの花など、地元のハーブを使ったお茶を作っています。
「西洋のハーブに関わっているうちに、和ハーブにも惹かれるようになりました。身近に、こんなに力強い植物があるんだと気づいたんです」
そんな青木さんに、地域の人が教えてくれたのが「願法寺にお茶の木があるよ」という話でした。見に行ったのは秋。白く、下を向いて咲くお茶の花は、花びらが厚く、求肥のような手触りだったといいます。
「すごくきれいで。これを自分だけが見ているのはもったいないと思いました。まずは、飯綱の人たちに知ってほしいなって」
青木さんが考えているのは、このお茶を使った飯綱町の新しい名物づくりです。「お寺で育ったお茶」という背景は、インバウンドの観光客にとっても興味を引くポイントになりそうです。

実は、願法寺のお茶にも、産物としての歴史があるそうです。
「明治8、9年頃に長野県庁へ提出された産物報告の記録に、この一帯から『お茶』が上がっているんです。産量は年に75kgほど。この地域でまとまってお茶を作っていたとしたら、願法寺さんしか考えられない。つまり、ちゃんと産物として認識されていたということです」と、小山さん。
現在、青木さんは地域の人たちと相談しながら、来年の春に向けて準備を進めています。願法寺の近くに住み、子ども食堂などの地域活動にも力を入れている寺島恵子さんも、この取り組みに期待を寄せます。
「お茶として飲むだけじゃなくて、茶葉を練り込んだパンやピザにしても面白いですね。公民館にはピザ窯もあるから、子どもたちと一緒にやれたら楽しいですよね」

願法寺の境内で静かに育ってきた茶の木は、今、再び人と人をつなぐ存在になろうとしています。古くからこの地で暮らす人と移住者してきた人が一緒に関わることで、そのお茶が今、あらためて地域の中で活かされようとしています。