トップライター眞鍋 知子さん飯綱のりんごを絶やさぬために、稼げる農家を目指そう!

飯綱のりんごを絶やさぬために、稼げる農家を目指そう!

今年の5月から、『だれでもできる!プロのりんご農家塾』がスタートしました。これは、JAながの飯綱りんご部会が中心となって企画したもので、りんご栽培の基礎から応用までをしっかりと学べる技術講習会です。5月から来年1月までに全6回の講習で学びます。

この講習会を企画したのは、JAながの飯綱りんご部会長の久保田譲さん。久保田さんは、10年ほど前に妻の実家のりんご栽培を手伝うようになったのをきっかけに、りんご農家に転身し、現在はJAの小玉地区の支部長も兼任しています。
「りんごの栽培は、それまで仕事で感じていたストレスから開放されるし、自分が手がけたことの反応が良くも悪くも出るところが楽しかったんです。義母から、本気なら営農計画を立ててしっかりやってみろと言われ、それから試行錯誤しながらやってきました」

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それからりんご栽培に取り組む中で、さまざまな問題点にぶつかります。そもそも今回の講習を企画したのは、「飯綱町でりんご農家になれば、普通に生活していけるくらい稼げるとは言えないことが課題だと思ったから」と久保田さん。
この講習会のサブタイトルには、“やる気があれば、だれでもちゃんと作れる、だれでもちゃんと稼げる産地を目指します”とあります。
「昨今では、農家は作るところから売るまでを農家自身がやらないと稼げない、という論調があります。しかし、『作る』と『売る』はまったく違うスキルです。正直、どちらも簡単にできることではありません。農家は、良いものをたくさん収穫できる技術を身に付ける。売る部分は、その分野のプロを信頼して託すのがいいと思います。実際、それでしっかり稼いでいる農家さんもいらっしゃいます。まずはそのサイクルを作りたいと考え、“やる気があれば、誰でもちゃんと作れる、だれでもちゃんと稼げる”というテーマに繋がりました」(久保田さん)
テレビ番組の『しくじり先生』さながらに、久保田さん自身がりんご農家として生計を立てる上で体験した失敗談を話してくれ、反面教師に活かしてもらいながら、飯綱町のりんごをブランド化するための技術力アップ、品質アップを目指していきたいと意気込みます。

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第1回の講習会は、5月20日(火)にりんごパークセンターで行われました。役場産業観光課長の渋澤陽一さんは、「大勢の申し込みがあったと聞いています。意欲のある若手生産者がたくさんいらっしゃることは、りんごの産地として非常にうれしい。今後のりんご産業の発展に期待が持てます」と満面の笑みで挨拶しました。続いて、JAながの北部営農経済センターの営農技術員である田中浩介さん、同じく技術員の小島康正さんと、JAながの本所営農部指導企画課の大川英明さん、飯綱町在住のクミアイ化学工業株式会社 高橋敦さん、長野県農業農村支援センターの重藤奈央さん、久保田さんとりんご部会の副会長、宮本欣郎さんという講師とスタッフの面々が紹介されました。いよいよ講習の始まりです。

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さて、まずは座学で高橋さんの講義です。りんごのこの時期の作業の時期に合わせて、第1回目のテーマは「りんごの開花期間中の防除適期や低温障害について」。わかりやすい写真と説明で、受講生たちも聴き入ります。しかし、やはり実際を見てみないとわからないもの。ということで、続いては圃場で実習です。
複数班に分かれ、りんごの樹を前にして実際の枝を見ながら説明を受けます。
「年枝の境目はここで合っていますか?」「この部分は摘果していいんですか?」など、座学で教わった内容の確認だけでなく、これまでやってきたことを技術員に聞く絶好の機会と、受講生からは質問が次から次へと飛び出してきました。「今日は疑問をゼロにして帰ってくださいね。なんでも聞いてください!」と講師たちもウエルカムな対応をしてくださり、活発な質疑応答となりました。

「この講習では、だれもがりんご農家としてしっかり稼いでいかれるようになることを目指します。また、技術的なことだけでなく、参加者の皆さんがコミュニティを形成して、今後もつながって仲間になってもらえたらと思っています」と久保田さん。

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これまで、摘果講習、剪定講習など、部分的な技術の講習会はありましたが、年間を通してじっくり学ぶ場はありませんでした。「4月に募集案内を発行したところ、月末には定員の倍近くの応募があってびっくりしました。できるだけ少人数で技師の目の届く範囲でやりたいと思っていましたし、受講者の技術の差がないようにということもあり、まずは就農5年目以内の方に絞らせてもらうことにしました」と話してくれたのは宮本さんです。
「りんごの町として打ち出すためのアイデアはあっても、この15年間で肝心な生産者が半減し、それに伴ってりんごの生産量は20万トンも減っている。どんなにPRして売り込んでも、肝心のりんごが無いんです。このままいけば近い将来、JAのいいづなフルーツセンターはなくなってしまうかもしれない。飯綱町専用のフルーツセンターがあるということは、実はとても希有であり、飯綱町全体にとって大事な資産です」
今は瀬戸際であり、踏ん張りどきなのだと久保田さんは訴えます。飯綱という名前がなくなったら、ブランディングも難しくなってしまいます。さらに、りんご栽培の技術がきちんと受け継がれず低下していることも不安材料の一つでした。
「これぞ飯綱のりんごと言えるレベルの生産を続けていくためには、技術と品質がしっかりと共通した“飯綱モデル”を確立させなければいけない」。そう考えて周囲を見渡してみると、「飯綱町内にJAの技術員経験者がいると気づいたんです。しかも現在はそれぞれが別の団体に属しているので、皆さんの技術が集結すれば、飯綱のりんご農家のレベルアップはもちろん、各団体が抱える課題の解決にもつながるのではないかと考えました」。

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久保田さんは、ご自身のりんご農家としての経験をもとに、どうしたらりんご農家の収入が安定するのか、飯綱モデルを育てていかれるのかを、まずは身をもって検証しました。「個人販売と、全量をJAに出すのを比べてみたら、若干収入は下がったけれど、時間ができて身体が楽になって余裕ができた。発送に追われて、やりたくてもできないでいた冬期の管理作業まで手が回るようにもなりました。「課題解決のための新しい組織をつくることも考えました。しかし、ヒトやモノが仕組みとしてそろっているJAを上手く使わない手はないという考えに行き着いたんです」。そもそもJAは、先達が、農家全員がうまくいくよう組合として立ち上げた組織なのだから、時とともに機能しなくなってしまった部分を見直してみたらどうだろう。できない理由をあげるのではなく、どうすればできるかを考えていけばいい、そう思ったんです」

そして久保田さんは動き出します。JAは農家のための組織、役場は町民のための組織ですが、何か困っていることや考えていることがあっても、具体的にどう伝えていいかわからないというのが大半だと思います。しかし、もともとマネジメントを仕事にしていて論理的な思考の持ち主である久保田さんは、何が問題で、具体的に何をしたらいいかを常に考え、あらゆる機会を見つけては、声を出していったのです。
「ただなんとかしてくれ、ではなかなか動いてもらえませんよね。具体的にこういうことをやってみたいという相談をあれこれさせていただいたところ、同じように危機感を持っていた方々がフィードバックしてくれるようになったんです」
こうした努力が功を奏し、今回の講習会も役場からバックアップしてもらえることになるなど状況が変わっていきます。
「10年前なら、自分で考えたアイデアは全部自分の成果にしたいと思ったかもしれません。でも50歳になったからか、飯綱全体をよくしたいと考えるようになりました。自分だけではなく、飯綱町のりんご農家の生態系のなかで、みんなに成果が返ってくる仕組みを目指したいんです」

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久保田さんたち飯綱りんご部会は、昨年サンふじの品評会を復活させました。フルーツセンターや市場と力を合わせ、消費者にさらなるアピールをしていきたいと語ります。
「個人の技能を競いたいのではなく、飯綱りんご全体のレベルアップのためです。品質の高い栽培に専念することが真のプロフェッショナルです。それがビジネスとして成立する仕組みを作りたいというのが私の考えです」

日本一のりんごの町を目指す飯綱町にとって、なくてはならないりんご。コメの問題が騒がれていますが、りんご栽培も、稼げなければ農業従事者は減るばかりです。一農家がどんなにがんばっても限界がありますが、久保田さんが目指すのは、独り勝ちではなく飯綱町全体として潤うこと。先達が築いてきた飯綱の美味しいりんごを継いでいきたいと、講習会の参加者には若手も多く、大いに期待できるところです。
「最初は、とにかく不安しかなかったですよ。1回目を迎えたら、ほぼ全員が出席で、ほっとしましたね。押し付けではなく、求められていたのだということがわかってよかったです」。
官民が連携し協働していく講習会は初めての試みで、テストモデルの意味合いもあります。参加者の皆さんにはアンケートに協力してもらい、今後の講習をどうしていくのがいいか、参加者同士のコミュニティをどうやってつくっていくかを考えていく予定だとか。最終的には、「原理原則がわかる人を育てたい。我流ではなく基本をしっかり身に付けてもらえるようになってほしい」と久保田さん。経験豊かな農家さんの数が減りつつある今、参加者から教えられる人が育っていったらすばらしいですね。飯綱のりんごは、永久に不滅を目指してがんばっています。

IMG_5467.jpg左から、高橋さん、宮本さん、久保田さん、田中さん、大川さん、小島さん

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