のどかな田園風景が広がる、飯綱町袖之山エリア。その風景に溶け込むように、平屋の古民家と2階建ての倉庫が佇んでいます。ここは、2023年に山形県から移住してきた太田健(たけし)さんの住まい兼工房です。
太田さんは大阪府出身。かつては会社員として働いていました。しかし登山が好きで、海外遠征にまで出かけるほど熱中した結果、「有給も全部使って、会社にいづらくなってしもて(笑)」と退社しました。当時は、現在のようにフリーランスとして働く人は少なく、新しい働き方を模索する必要がありました。
「1980年代でした。会社を辞めた人は、喫茶店を開いたり、木工や陶芸を始めたりすることが多かったですね。そういう時代でした。自分は不器用でしたが、学校に通えばなんとかなるだろうと木工に挑戦することにして、松本市の技術専門校に通いました」と太田さんは振り返ります。
専門校を修了したあとは、長野県内で暮らす場所を探しました。最終的に、山に近い戸隠を選び、忙しい日々を過ごしました。幸いにも木工の仕事が切れることはなく、それ以外に山岳救助隊や依頼があればガイドの仕事をしたりして、山に入ることもあったそうです。
しかしその後「生活を見直したくなって」、東京を経由して山形に移住することを決めます。
「山形の山々は大きくて稜線は悠々としており、沢は深く美しい滝を落とし、北アルプスのような賑わいはないものの、冬の装いの品の良さは例えようがありません。人と出会うことの少ない山を歩き、沢を登ってイワナを釣る。山を下りれば頭上に白鳥が飛び交う。そんな地で蔵王山を眺めながら、ゆっくりと木工をして暮らしました」
そんな穏やかな暮らしをしていた太田さんですが、2022年、再び長野に戻ることを決意します。戸隠、山形を経て、三度目の移住です。
「スタジオ・ジブリの映画『君たちはどう生きるか』ではないけれど、人生はいつも、自分がどう生きるかを自らに問い、選択によってどんどん変わります。安曇野などいろいろな候補地を検討しましたが、最終的には土地勘のある北信エリアを選びました」
町内の不動産業者に紹介された現在の物件は、目の前に広がる景色が気に入り、すぐに購入を決めたといいます。
倉庫の2階を改装した自宅からは眺望抜群!四季折々の里山の風景が楽しめる
コメの倉庫だった作業場には木工の機械が並ぶ
「木工の機械はずっと手元にあり、引っ越すたびに運んでいました。ただ、工房として使う予定だった倉庫はかなり荒れていて、まずは長野市内のアパートに住みながら掃除と塗装を進めることにしました。そして、丸1年かけてようやく整えました」
倉庫の壁には長年の米ぬかが硬くこびりついていましたが、デッキブラシなどを使って少しずつ削り落とし、ようやく元の壁面が見えるようになったそうです。
「ペンキをこぼしちゃったから目を書いてクマにしたんだ(笑)」
当初は母屋で暮らす予定でしたが、そちらは改修して人に貸し、自身は倉庫の2階を住居としてリノベーションしました。基本的な工事は業者に依頼したものの、工房内の清掃やペンキ塗りなど、多くの作業を自ら手がけました。手間はかかりましたが、そのぶん工房が完成したときの達成感はひとしおだったといいます。
現在の暮らしについて、太田さんはこう話します。
「善光寺までは車で15〜20分ほどです。毎朝、早起き太鼓を聞きに行くのが日課なんです。帰りには24時間営業のスーパーに立ち寄って買い物も済ませられるので、とても暮らしやすい場所ですよ」
利便性の高さに加え、周辺の静けさや人の温かさも、この土地の大きな魅力だと話します。
「集落の皆さんは本当に親切で、田んぼの畔に生えたふきのとうを取らせてもらったり、お米が切れたときには分けていただいたこともあります。ご近所の方を招いて、一緒にお好み焼きを楽しんだこともありました」
飯綱町で暮らし始めてからは「あまりあくせくせず、木工を続けながら自分のやりたいことを大切にしよう」と考えるようになったといいます。
太田さんの工房名である遅手工房は、井上ひさしの遅筆堂から名付けられた
文芸、お芝居、写真も好きで、部屋にはフライヤーが所狭しと貼られている
「僕は井上ひさしさんが大好きで、彼の出身地・山形県川西町にあるフレンドリープラザへよく行きます。こまつ座※をはじめ、井上ひさしに影響を受けた団体やさまざまな人の公演や催しが行われているので、それを観に行くついでに山にも登るなど、月に2〜3回は山形まで通っています」
グリーンシーズンは登山や渓流釣り、冬は山スキーと、アウトドア三昧の一年を過ごしているという太田さん。それだけではなく、地域のコミュニティ活動にも積極的に関わっているそうです。
無垢材でつくられた太田さんの木工作品
「集落創生プロジェクトの一環で、袖之山地区では夕涼み会を開催しているのですが、昨年は会の前に知り合いのフォークソンググループ『ぽこ・あ・ぽこ』に来てもらって、コンサートも行いました。30人ほどが聴きに来てくださって、皆さんとても楽しんでくれました」
今年も同様に開催できることになり、日程は8月2日(土)となりました。コンサートは無料で、地域内外を問わず誰でも参加可能なので、飯綱町のコミュニティに触れてみたい方や、移住に興味のある方には絶好の機会です。ぜひ問い合わせてみてください。※コンサートは無料。夕涼み会は会費制
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ぽこ・あ・ぽこコンサート
2025年8月2日(土)袖之山公民館 ※時間など詳細が決まりましたら更新します。
お問い合わせ:太田健 TEL 080-5109-1802
胡桃の木で作られたフロアランプ
ひよこが少しずつ成長して羽ばたく手押し車
小さな鯉のぼりがかわいらしい
※座付作者井上ひさしに関係する作品のみを専門に上演する制作集団