トップライターはっさく堂さん田園風景と古民家の温もりに包まれる宿「兎山荘」

田園風景と古民家の温もりに包まれる宿「兎山荘」

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閉校した小学校を利用した複合施設「いいづなコネクトEAST」。その坂をさらに登った先に広がる東柏原地区は、田園風景の中に古民家が点在する、のどかな景色が魅力の地域です。
そんな集落に、2024年11月、小さな宿「兎山荘(とざんそう)」がオープンしました。築90年の蔵をリノベーションした1室のみのB&Bスタイルの宿で、一般公開はまだ先の予定。現在は店主・佐藤雄二郎さんの知人限定で宿泊を受け入れています。

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佐藤さんは東京都出身。自転車ツーリングを趣味とし、若い頃は愛車とともにさまざまな土地を旅しました。東北や関西、伊豆半島など、日本全国を巡りましたが、よく訪れていた土地の一つが信州だったそうです。
「僕が学生のころは、茅葺き屋根の古民家がまだ多く残っていて、まるで向井潤吉の絵の中を走っているようでした。もともと古いものが好きだったこともあり、いつしか古民家を再生してみたいと思うようになったんです」
その夢を叶えるべく、3年前に古民家探しを開始した佐藤さん。ツーリングで訪れた際に「美しい町だな」と感じた飯綱町にある現在の物件をネットで見つけ、内覧後、ほぼ即決で購入しました。
「母屋は築年数不詳ですが、おそらく明治初期、築150年ほどではないかということでした。当然、補修が必要な箇所も多くありました」
敷地内には母屋のほか、増築された二階建ての納屋兼居室、そして蔵がありました。「ただ住むだけではモチベーションが上がらない」と考えた佐藤さんは、建物を有効活用して宿をつくることを決意します。

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増築部分の2階を自身の住居スペースとし、DIYで改装することにしました。母屋はかつて農家住宅として使われていましたが、リフォーム歴があり、家の中は「昭和の家」の趣があったそう。そこで、内装をすべて取り払い、スケルトン状態にしてから客室を2つ新設する計画です。すべて完成すれば、蔵も含め1日3組まで宿泊できるようになります。
「古民家は、新築とは違って、実際に工事を始めてみないと何が出てくるかわかりません。この家も、茅葺き屋根の上にトタンが被せられているのですが、天井を外すと囲炉裏の煤がポロポロ落ちてきました。今は茅葺き屋根専門の業者さんに、煤を抑える作業をお願いしているところです。今年の夏ごろには完成するかな?」

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先に完成した蔵の部屋は二階建て。玄関を入ると、LDKが広がり、デンマーク製のスタイリッシュな薪ストーブ「ヒタ」が存在感を放ちます。お風呂の浴槽にはコウヤマキを使用し、非日常感あふれる空間に仕上げました。
宿泊客には「できれば長期滞在して、ただぼーっと過ごしたり、本を読んだり、のんびりしてほしい」と佐藤さんは語ります。

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「一般的な旅行だと、夕方に到着して、お風呂に入って、ご飯を食べたら、翌朝にはもう出発してしまうでしょう。せっかく素晴らしい建物や庭、読書室があっても、それを味わう時間がない。それがもったいないと感じるんです。この宿では、ゆったりとした時間を楽しんでほしいですね」

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佐藤さんが感じる飯綱町の魅力は、すり鉢状の地形に広がる穏やかな田園風景だといいます。
「山並みも美しいですが、リンゴ畑や田んぼが広がるシンプルな景色が、里山ならではの良さを感じさせます。目立つ看板や奇抜な建物もなく、昔ながらの風景がそのまま残っているんです。そんな魅力を、訪れる人にも感じてもらえたらと思っています」
また、地域の人々との交流も、佐藤さんにとって大きな力になっているそう。
「移住してから少しずつ『こういうことを始めます』と、近隣の方々にお伝えしてきました。やがて知り合いが増え、野菜やリンゴをいただくなどの交流も生まれました。蔵が完成してから見学会を開き、みなさんに中をお披露目しました。今後は、地元の料理上手な方や、漬物作りが得意な方にお手伝いいただき、お客さんに提供できるような仕組みをつくっていきたいですね。地域の人々が得意なことを活かしながら共に支え合う“エコシステム”を育てていけたら、と考えています」

佐藤さんがかつて自転車で旅をしながら感じたのは、美しい風景への感動だけでなく、そこに息づく人々の温かさだったのかもしれません。一般の宿泊客を迎えられる日はもう少し先になりそうですが、古民家の趣と地域のぬくもりに包まれながら、ゆったりとした時間を過ごせる宿となることでしょう。

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