トップライターKAORUさん飯綱町にニュージーランドをつくりたい!ヒツジを愛する女性の壮大な夢

飯綱町にニュージーランドをつくりたい!ヒツジを愛する女性の壮大な夢

「飯綱町ニュージーランド化計画!?」という噂を聞きつけて、飯綱町普光寺地区の現場へ行ってみました。「え?ヒツジでもいるの?」と思ったあなた。正解です!
ニュージーランドにはヒトの5倍のヒツジがいるそうですが、そこには1人で約40頭ものヒツジを世話している女性がいました。

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ヒツジたちの世話をしているのは、中野市在住の北澤京子さんです。この2年間は、ヒツジの世話をするために30分間の道のりを毎日通っています。
北澤さんはこれまで、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、と自然豊かな国々でワーキングホリデー(※)の経験があり、なかでもニュージーランドでファームステイした牧場での体験が強く印象に残っているそうです。その農場には、一人で2000頭ものヒツジを世話しているおばさんがいて、そこで食べたラムチョップがとびきりおいしかったことが忘れられないと言います。
※日本と協定を結んだ国において、1年もしくはそれ以上、その国での滞在期間中、就学と就労ができる制度
 
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「ヒツジはかわいくて、毛皮は温かいし、肉はおいしい。どこにも無駄がないんだよね」
かわいくて仕方がないといった様子でヒツジをなでる北澤さんと、北澤さんを信頼しきって安心しているヒツジたち。
ニュージーランドで出会ったおばさんのようにヒツジを飼うことができたら素敵だなと夢見ながらも、現実には、「どうやったらヒツジが飼えるのかわからなかったし、実際に飼うとなるとやはり難しいなと思っていました」と、北澤さん。帰国後はヒツジとは無縁に日常生活を送っていましたが、それはある日突然にやってきました。木島平村で耕作放棄地対策として放牧されていたヒツジ(サフォーク)が役目を終え、引き取り手を探しているというのです。

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 耕作放棄地対策になぜヒツジなのか? それは、家畜の有用性を活用した取り組みなのだそう。耕作放棄地にヒツジを放牧すると、ヒツジたちが草を食べてくれるので、継続的な除草になり草刈りを省力化することができます。さらに、ヒツジたちの群れは、野生動物の生息域と農地との境界の役割を果たし、田畑への獣害被害が減る効果があるといわれています。不要な羊毛も畑の周りに置くと、鳥獣忌避効果があるのだそうです。フンは発酵させれば農作物の肥料になるなど、家畜は人間の暮らしにとって欠かせない存在なのですね。

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さて、木島平村から8頭のヒツジを購入することにした北澤さんですが、困ったのは飼育場所です。当初は、木島平村や中野市の耕作放棄地などを借りて飼育を始めましたが、広くてヒツジたちをのんびり育てられる環境、自宅からの通いやすさなどを考えて、あらためて場所探しをすることに。そこで出会ったのが、現在の土地だったそうです。土地の一部は購入して飼育小屋を建て、放牧地は耕作放棄地を借りることができました。
 
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電柵で囲われた放牧地で北澤さんが「メロンちゃ~ん」と呼ぶと、その声に応えて、わき目もふらず一直線に北澤さんに近づいてくるヒツジたち。先頭にいるのがメロンちゃんです。「実はメロンは、長くは生きられないかもしれないというほど弱い子だったんです。毎日自宅まで連れ帰って一緒に寝て育てたんで、かわいくてかわいくて」

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そのおかげもあって今ではすっかり元気に成長したメロンちゃん。北澤さんに懐いていて、トコトコとあとをついて回ります。
北澤さんの愛情をいっぱいに受けて育つヒツジたちですが、その愛情がつらい葛藤となる事態に直面します。
「牧場としてやっていくためには、食肉にしたり、皮はムートンに加工したりして収入を得る必要があるんですが、かわいいヒツジたちを殺すのが忍びなくて、精神的にまいってしまったんです」

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一頭一頭に付けた名前を呼びながら体をなでる北澤さんを見ていると、さもありなん。しかし、その難題も乗り越えなければならず、近々6頭を出荷する予定だといいます。
次の問題は、加工賃です。食肉にするには、屠殺、解体、そして枝肉をカットする工程がありますが、イノシシやシカといったジビエ(野生鳥獣の食肉)に比べ、家畜は加工賃が高いのだそうです。飼育にかかる費用を考えると、決して安くは卸せません。
「夏の暑さや冬の寒さ、雪にも耐えて生産する苦労が報われるためにも、価格に反映していかれるようにしていきたいです。今までは羊を飼いたいという一心でやってきましたが、そろそろ赤字を脱しなければ。お世話になっている猟師さんに協力してもらって、今回出荷する6頭は食肉用にします。その内の数頭を、可能ならばムートンに加工しようと思っています。なんとか経営が軌道に乗せられるように模索中です」(北澤さん)
ヒツジの毛皮を敷物などに加工したムートンは、介護の現場や海外では床ずれ防止に医療用品として用いられています。羊毛は繊維の中に湿気を取り込んだり放出したりしながら、ちょうどよい温度と湿度を保つので、たくさん汗をかく赤ちゃんにもぴったりの素材なのだそうです。また、食肉加工の場合も、狭い檻の中に閉じ込められ抗生物質を多用して飼育される家畜よりも、広い放牧地で健康的に育ったヒツジであることに付加価値をつけられたら持続的な牧場経営につながります。

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ヒツジの世話は365日休みなし。毎日北澤さんがひとりで作業しているのですが、水を換え、エサとなる草を刈って与えるのはもちろん、定期的な毛刈りや放牧に連れていくのも大変な作業です。小屋から放牧地までは、リードをつけて2頭ずつ歩いて連れていきます。
「群れをつくる動物なので1頭だと動いてくれないけれど、2頭だと何とか移動させられるんです」

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北澤さんが運ぶエサのバケツには、米ぬかとキャベツ、リンゴが入っていました

電柵で囲われた放牧地は現在3か所。地主の方からは使用許可をいただいているものの、カヤや野ばらが茂っていて重機を使った整備が必要な土地もあり、今後、補助金などを活用して拡大する予定です。
「メロンたちがいる放牧地の草もだんだん食べ尽くされ、はげ山になりそうです。耕作放棄地の地主さんと土地を借りたい人が、スムーズに貸し借りできる仕組みがあるといいのですが。ヒツジたちも自然のものしか与えていないせいか成長がゆっくりで、試行錯誤の毎日です」(北澤さん)
経営のために、観光牧場にしてみてはという案も出ていますが、実は北澤さんはとても人見知りなので、ちょっと尻込みしているようです。ヒツジを見てみたいなと思ったら、ぜひヒツジたちにお土産としてエサをご持参ください。「エサも高騰しているので、ご近所の方からいただく大豆殻やリンゴ、野菜の葉などはとてもありがたいです。自分でもトウモロコシや牧草を育ててエサの自給率100%を目指しています」と北澤さん。イネ科とマメ科をバランスよく食べるのがヒツジにとって良いそうなので、家の庭ではやっかいな雑草のカラスノエンドウやクローバー、道端に生えているオーチャードグラス、余っているリンゴなどがあれば喜んでくれるはず。

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ヒツジたちが放牧されている高台からは、飯綱町にもこんな場所があったのかと驚くほどの絶景が広がります。はるか遠くには山々が連なり、足もとの青草を爽やかな風が揺らしています。目を細めれば、そこはもうニュージーランド!? 大人しいヒツジたちのかわいらしさや彼らの有用性を地域の人に知ってもらうことができれば、飯綱町にニュージーランドをつくる夢も夢で終わらない!? 新しい産業は、こうしたところから生まれるのかもしれません。

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